「しがらみ」と表現

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このブログの他にやってるホームページ(http://www.borderlessmusic.com/sayaka/)
の前に、二十歳の頃からやっていた「In my room」というホームページ
(http://saga.cool.ne.jp/sayakalice/)
に載せていた日記の過去ログを発見して(トップからはもうリンクされてません)、
超久しぶりに読んでた。

あぁ、これも私なんだな・・と思ったら、懐かしいような、寂しいような、変な気持ちになった。
なんかね、今よりもずっとずっと、色んなことに気をとらわれずに、毎日自由に思いのまま書いてるし、表現しているんだよね。


年を取るにしたがって、様々な「しがらみ」が増えてきて、だんだんと「誰に読まれてもあたりさわりのないこと」を書くようになってきた気がする。


そりゃもちろん、大人として当然気にしなければいけない正当な「しがらみ」もあるわけで、それを気にすることは、間違っていることでもなんでもないのだけれども、自分でも気付かないうちに、目に見えない様々な「しがらみ」で自分自身を縛ってきていたのかもな、とふと思った。

文章とか日記だけだったら、別に全然良いのだけど、それが知らず知らずのうちに、自分の演奏する「音楽」にまで現れているのかもしれないと思うと、怖くなる。


「誰に聴かれてもあたりさわりのない演奏」
「誰に聴かれても批判されない演奏」

行き着くところは

「誰に聴かれても何にも思われない演奏」


きっとそんな音楽、誰も感動しない。


よく、モーツァルトの曲は、どんな上手な大人でも、子供の演奏には勝てない、というけれど、それはモーツァルトの曲は、ほんのわずかな「しがらみ」でも頭の片隅にあったら、弾けないからなんだろうな、そしてモーツァルト自身、作曲している瞬間には、全てのしがらみが頭から開放された純粋無垢な状態で曲を書いていたからなんだろうな、と思う。

芸術家は、表現するその瞬間には、頭をがんじがらめにしてくる全ての「しがらみ」を一瞬でも開放して、自分の心の奥底から沸きあがってくるエネルギーを放出できることが、一番大事な才能の一つなのかもしれない。


考え方を変えれば、「しがらみ」って、日常生活の中ではとても大切なことで、これを大事にすることが日本人の良さの一つでもあると思うのだけれども、自分の中で強い信念を持ったある瞬間には、その「しがらみ」に立ち向かっていける強さも、同時に持ち合わせた人間になれたら、と思う。
by sayaka-blmusic | 2005-08-20 20:02 | ひとりごと
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