原発近くの村から避難されてきたママさんを囲んでの会

e0030586_0352172.jpg

前回の日記の続きです。6月16日は、モスリンスクエアプロジェクトの第8便発送のためのパッキング会の後、原発近くの村から避難されてきたチエミさんを囲んでのランチ会を行い、パッキングメンバー皆でお話を聞かせて頂く機会がありました。

チエミさんとお知り合いになった経緯ですが、チエミさんがイギリスに避難されてきた後、インターネットでたまたまモスリンスクエアプロジェクトのことを知って下さり、E-mailにて「イギリスから東北支援をして頂いて、少しでも皆様にお礼を申し上げたくて」とご丁寧なメールを下さったのがきっかけです(お礼どころか、私達は本当にほんの少しのことしかできていないのに・・)。チエミさんご自身、日本では乳幼児のお母様方を対象にアロマテラピーや自然育児に関するお仕事などをされていたこともあり、モスリンスクエアプロジェクトのママさん達と皆さんで一度食事会をしましょうという話の流れになりました。


このブログを読んで下さっている皆様とも、是非このお話を共有したく、
以下、チエミさんご本人のご了解を得て、聞かせて頂いたお話の一部を書かせて頂きます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

チエミさんは、福島原発から車で20分位の村に、イギリス人のご主人と9歳、8歳、6歳の3人のお子様と一緒に、自然に囲まれた環境で念願の自給自足の生活をしながら住んでいらっしゃいました。自宅からも福島原発の煙突が見え、その辺りの地域の小学校の遠足といえば、福島原発見学・・という位、原発は身近にある村だったそうです。

地震の日は、なんとか家は大きな被害は受けず、元々自給自足で、電気もガスもなるべく使わない生活(薪でゴハンを炊き、水は井戸水)をされていた為、ライフラインがストップしても、今まで通りの生活をその晩は送られたそうです。電気がストップしていたのと、元々TVがない状態で過ごしていた為、一体東北で何が起きたのか、この時点ではまだ把握されていなかったそうです。

しかし翌日、原発から立ち上る煙を見た近所の人達から原発爆発の噂を聞き、着の身着のまま、スノーブーツを履いて、3人のお子さん達とご主人と一緒に、車でまずは山形へ避難、ガソリンが尽き、7時間待ってガソリンを入れた後、その後大阪の知人を頼り移動。その移動の最中に、石巻のご両親が奇跡的に助かり避難所にいることを人づてに知ったそうです。その後、マレーシア、シンガポール経由で、ご主人(イギリス人)の実家であるイギリスのケントに最終的に辿り着いたとのことです。全て自宅に置いてきたままなので、イギリスに着いた時には、全部で紙袋一つに入る位の荷物・・。色々な方のご協力を得て、今やっとイギリスでの生活が少しずつ落ち着いていらしたところだそうです。

元々は東京ご出身のチエミさん、自給自足の生活を求めて移住し生活していた日本のその村では、3年かかってキャンプ生活をしながら、家族皆で手作りで理想の家をようやく建て、野菜やお米を育てて生活していたところだったそうです。子供達も1反ずつ自分の田んぼを持っていたそうです。

その矢先の、地震と原発の事故。。。。

3年かかって家族で作り上げたばかりの理想の家を残しての避難。
恐らくこの先何十年もその家に戻れることはないだろうし、
これから先の生活もどうなるか全く分からないとのことです。

今でも食卓には原発爆発の知らせを聞いた瞬間まで食べていた夕食のゴハンが食卓に乗ったまま、子供達が遊んでいたトランプが部屋にそのまま置かれたまま、だそうです。

津波のように、家が流された訳ではなく、今でも見た目は一切変わらずそこにあるのにも関わらず、もう帰ることができない家・・。

津波の被害の様子の報道に比べて、原発の放射能被害のみを受けている村や、そこから避難していらした方々の声等についての報道は少なく、私達も心の準備ができていなかったこともあり、私達もチエミさんご本人の口を通して伺うお話は、あまりにもショッキングで、一同、最初は声も出ませんでした・・。


「今までの人生で、殆どのことは『これはこれからの先の為に何か意味があったんだ』と思えてきたし、そういう風に思うのが割と得意な方だったはずなのに、今回のことに関しては、まだなかなか思うことができないんです・・」

と仰っていて、その言葉を聞きながら、私が普段悩んでいること、行き詰まっていることなんて、本当になんてちっぽけなことだったんだろう、本当に苦しくなりました。


チエミさん曰く、
「何故原発の近くに住んだのかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、今の日本では、自然に囲まれた田舎に住もうと思ったら、殆どの場所が、50キロ圏内には原発があるんです。そしてそこで作られる電気は、そこに住んでいる人達は実際殆ど使っていなくて、東京などの都心のために使われます。」
とのことです。


でも、チエミさんご自身が、ある日、原発労働者の住む宿舎に行かれる機会があり、福島の原発のはずなのに、殆ど東北弁が聞こえてこなかったことに(つまり殆どが出稼ぎ労働者)衝撃を受けたそうです。そして、これだけの雇用を生み出している原発って、一体何なのだろう・・と思い、それ以来、むやみにただ「原発反対」と叫ぶだけでなく、まずは自分自身が電気をなるべく使わない生活を送り「私は電気を使わないので、原発は必要ありません」と言えるようにしよう、と思うようになったのだそうです。


ーーーーーーーーーーーーー

原発賛成とか反対とかの直接的な議論はここではあえて控えますが、
でも、今日チエミさんのお話を聞いて心から思ったことは、もう二度と、チエミさんのような思いをされる方が出て欲しくない、ということ。そして、未だに日本で放射能の不安に脅かされながら住んでいるママさん達や赤ちゃん達が、早く安心して暮らせる日が来ること。

その為には、今起きている事故が一刻も早く収束に向かうこと、 今後の日本のエネルギー政策が、こんなにも辛い思いをされる方が二度と出ない為のものであること。

これから、パッキングメンバー一同、被災地への、日本への、ますます強い祈りを込めながら、活動を続けて行きたいと思っています。
by sayaka-blmusic | 2011-06-19 00:35 | ベビーモスリンプロジェクト | Comments(14)
Commented by 若菜 at 2011-06-22 06:23 x
福島からイギリスへ避難された方の実際の声、本当にショッキングでした。
福島では、現在24校が休校し、子どもたちは外でも遊べず、大変な思いをしているそうです。
自分たちの生きてきた土地を捨てることはできない。
かといって、そこで暮らしていくことも子どもにとって大丈夫なのか分からない。
福島の親子は、本当に苦しい状況に置かれていると思います。
夏休みの間だけでも、福島の子どもたちに思いっきり外で遊んでもらいたいと、福島の子ども200人を1月間北海道に招待する企画があり、それに募金しました。
http://fukushima-kids.org/
まだまだ資金は足りず、また参加したい子どもも定員よりはるかに多いそうです。
答えの見いだせない状況が続きますが、この災害、人災をきっかけに、日本人の新たな方向性が見いだせるきっかけとなり、温かい国になっていくことを希求しています。
Commented by sayaka-blmusic at 2011-06-23 08:49
>若菜さん

>>この災害、人災をきっかけに、日本人の新たな方向性が見いだせるきっかけとなり、温かい国になっていくことを希求

これ、本当に同感です!
そしてふくしまキッズの紹介、本当にありがとう!!知りませんでした!ホームページなど、じっくり読ませて頂きました。素晴らしいプロジェクトだね!放射能の濃度が強い地域から、1ヶ月離れるだけでもすごく重要なことというし、200人といわず本当に沢山の子供たちが参加できるといいよね。。。。あっという間に定員オーバーだったんだね。。。沢山の募金、企業からの後援などが集まって、継続的に続くプロジェクトになるといいよね。私も微力ながらツイッターなどなどで支援していけたらと思っています。

Commented by ふ~ちく~ち at 2011-06-23 14:04 x
はじめまして。
ぼくの息子は東京の小金井市というところで学童保育の仕事をしています。
3月11日、事故の直後にメルトダウンになっているらしい、東京も危ない、どうしたらいいのだろう。と泣き声で電話をよこしました。
普段からぼくたちの家族は危険な原発に反対してきましたので「ついに本当に事故が起きてしまった」という思いで、息子に「一度家へ帰ってきてこれからどうするかよく考えよう」と伝え、15日に息子は仕事を休んでいったん東京から500キロ西へ離れている我が家へ帰ってきました。
そして今までの生活の全てをリセットして別の暮らしを選ぶかどうか悩んだ末に、東京の子どもたちが待っているからと仕事場(学校)へ戻って行きました。
東京にいても放射能は怖いけれど、福島やその近県の人々はもっと大変なのだから頑張らなくちゃというのが今の息子の気持ちのようです。(子供たちには何の罪も責任も無いのに!と怒っています。)
ぼく自身もできれば近日中に、福島の被災者避難所へ応援に行きたいと思っています。
Commented by sayaka-blmusic at 2011-06-23 21:17
>ふ~ちく~ち さん
コメントありがとうございます。仰る通り、子供達には何の罪もないのに、と思うと本当に悲しくやるせなくなりますよね。。。。特に福島や近県で今も生活している子供達、赤ちゃん達、妊婦さんたちはどんな気持ちだろうと思うと。。。近々福島に応援に行かれるのですね! 上にコメントして下さった方の紹介して下さった「ふくしまキッズ」のプロジェクトもとても素晴らしいプロジェクトだと思います。良かったら見てみて下さい。
Commented by JAZZ at 2011-06-30 20:09 x
私達は東京→大阪→韓国→NYと避難して来ました。すぐに収束すると思っていたので、2泊3日くらいの荷物で来てしまいました。子供は現地の学校に転校しましたが、今でもフラッシュバックや友達に会えない寂しさから、泣いています。本当に原発のことも知らずに呑気に暮らしていた自分を深く反省し、福島の皆さんの避難と復興が無事に進むよう祈っています。
Commented by 八島 (リゲル) at 2011-06-30 22:36 x
遠いイギリスから東北を福島を応援してくださって本当にありがとうございます。
私は原発からは60km離れた福島市にいます。
12日原発が爆発、13日から原発事故の被災者が続々と避難して来ました。さらに遠くへ市内の人も避難していきました。
私は福島県のもりの案内人として県から認定を受けて、10年以上県内各地の子供たちに福島の豊かな自然を通して、森と人との共生について、環境問題について教えてきました。
県内各地の子供たち、仲間たち。みんな安否確認も出来ない中続々と避難するのを泣きながら見ていました。
福島県民は放射能に汚染されていると差別も受けることさえありました。
今も福島県の中で3万人以上。県外に3万5千人以上の人が避難生活をしています。
福島市周辺も放射線量が比較的高いのですが、仕事や学校。住居の保証が無く、子供がいてもとどまるしかない人もたくさんいます。
私の故郷が消えるのではないかという不安もあります。
チエミさんへ元気で暮らせることを祈っています。
原発の無い。みんなが笑って暮らせる自然豊かな福島の未来が1日も早く戻ってきますように。私たちはここでがんばります。
Commented by sayaka-blmusic at 2011-07-01 08:13
>JAZZさん
今はNYにいらっしゃるのですね。お子様を連れての避難、本当に大変だったと思います。ご家族の生活が早く少しでも安定したものとなるよう、お祈りしています。私も原発のことを何も知らずに過ごして来たことを本当に反省しています。早く皆が安心して笑顔で暮らせる日本になりますように。。。。
Commented by sayaka-blmusic at 2011-07-01 08:22
>八島さん
コメント有り難うございます。福島市にいらっしゃるのですね。「もりの案内人」として福島の自然の素晴らしさを子供達に伝えていらっしゃったのですね・・。私の父は長年、福島の大自然で取れた、ある資源を扱う仕事をしていたので、とても人ごととは思えません。福島関連の仕事先が多かったため、夏のお中元の季節になると、沢山福島のおいしい桃が届いて、小さい頃から私の夏の思い出はいつも「福島の桃」でした。八島さんも仰るように、みんなが笑ってくらせる、自然豊かな美しい福島に戻ることができるよう、私も心から祈っています。
Commented by maaruku at 2011-07-01 10:03
はじめまして。私も福島県に住んでおります。
放射線量は場所によって高いところもあり、私の周りでも
お子さんがいらっしゃる方や、妊婦さんは特に心の負担がとても大きいなと感じます。

地元に住んでいる今、私達にできることを探し、
実践していくこと、それが未来に繋がっていく。
また、自然豊かな美しい福島県にさらになれると信じて
できることからはじめていきます。

みなさんの温かいお気持ちに感謝です。
本当にありがとうございます。
Commented by くるてく at 2011-07-01 10:22 x
初めまして。Twitterの記事から入って拝読致しました。私は原発から45キロの福島県いわき市在住、6歳3歳の母です。ミチエさんの気持ち、福島のママ達の気持ちそのままだと思います。オール電化の家に住み、年に1度もらう原発立地配当金だか、というわずかなお金、危機感は感じつつ、まさか大丈夫だろうと漫然と日々を過ごしていた自分を反省しました。いわきは比較的数値が低いので自宅にいますが、まずは自分の生活を見直して子供達に負の財産を残さぬよう、出来ることから一つずつ取り組んでいるところです。遠くイギリスで福島を考えて下さることが、どんなに励みになるか、とてもありがたく感じました。
Commented by see-snow at 2011-07-02 01:01 x
福島県の者です。0歳2歳の子どもを守りたくて、私も避難しました。福島では、子どものことを考えて、広い吹き抜けのある木の家を買いました。子どもの発育を考えて、いい、とされる椅子、おもちゃを少しずつ揃えました。でも、いつ、その家にかえれるかわかりません。原発のある県に住んでいながら、原発が爆発するなんて考えたことはなかったし、なにも備えをしていなくて、そんな自分が本当に悔しくて、子どもたちに申し訳ない気持ちでいっぱいです。小雪が舞う中、ようやくおんぶできるようになった下の子を背負って、絶望的な気持ちで避難して…その子が伝い歩きするようになりました。もうすぐ、その子は、自宅で過ごした時間よりも、逃げている時間のほうが長くなってしまいます。自宅の匂いも、おそらく覚えていないでしょう。1歳の誕生日も、おそらく自宅に戻れないと思います。上の子が時々「おうちに帰りたい」とたどたどしい口調で言うので、涙が出ます。
Commented by sayaka-blmusic at 2011-07-02 07:23
>maarukuさん
はじめまして。コメント有り難うございます!
福島県に住んでいらっしゃるのですね。maarukuさんの周りでも、妊婦さんやお子さんがいる方がいらっしゃるとのこと、本当に心のご負担はどんなにかと思います。。。。 自然に溢れた福島の魅力、きっときっと未来には、更に美しい福島になると、私も信じています。私達も、ここイギリスから、ほんの少しですができることを続けていきたいと思っています。福島の皆さんのこと、いつでもイギリスから心よりお祈りしています!
Commented by sayaka-blmusic at 2011-07-02 07:29
>くるてくさん
はじめまして。いわき在住でいらっしゃるのですね。先日ちょうど、私達のプロジェクト関連で、いわき市でイベントがあり(http://sayalondon.exblog.jp/14972542/) 主催の方などから、いわき市の現状の写真を送って頂いて、言葉を失っていたところでした。。。6歳と3歳のお子様がいらっしゃる中での生活、本当に色々大変なことと思いますが、福島のこれからと、日本のエネルギー政策の行く先を、イギリスから強く強く祈り続けています。仰る通り、まずは私も自分の生活を見直して、息子達や、そのまた息子、孫達が大きくなった時の日本や地球に少しでも負の財産を残さないように、少しずつ取り組んでいきたいと思います。コメント本当に有り難うございました!
Commented by sayaka-blmusic at 2011-07-02 08:56
>see snowさん
コメント有り難うございます。ご出産されてすぐの震災だったのですね・・。0歳2歳のお子様を連れての、思い入れのあるお家からの避難、どんなお気持ちだったろうと思うと、本当に胸が痛んで言葉がありません。。。。 上のお子さんも、ちょうど色々なことが分かって来る年齢で、余計辛いですよね・・。
イギリスから本当に僅かなことしかできず、はがゆくてしょうがありませんが、心からお祈りしています。特にお子様方お二人にとって、少しでも安心して楽しく笑顔で過ごせる日が早くきますように。。。。
<< With Children F... 第8便、福島県相馬市、宮城県仙... >>