ピアノの暗譜と「海馬」

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最近、「海馬」というとても興味深い本を読みました。

著者は脳科学者の池谷裕二氏。彼の著書は「進化しすぎた脳」「海馬」「脳は何かと言い訳する」の合計3冊を読んで、どれも面白くておススメなのですが、その中でも「海馬」がダントツに良かったです。インターネットの「ほぼ日刊イトイ新聞」で有名な糸井重里氏の対談形式でとても分かりやすく、脳や海馬についての専門知識がなくてもとても楽しめる本でした。

さて海馬は脳の中で記憶を司るタツノオトシゴ部分ですが、ピアノの楽譜を完全に丸暗記する「暗譜」の作業は、まさにこの「海馬」との戦いです。

さてここで、突然ですが問題です。


Q. ピアノの楽譜1ページ分には、だいたい何個の音符が書かれているでしょうか?



って私も実際数えたことないので、 実際に数えてみました。
(何だかトリビアの種みたいになってきたな・・)

次のコンサートに向けて準備中のラフマニノフのプレリュード集の楽譜から、音数が平均的なページを選んで実際に数えてみたところ、だいたい400~600個位。ということは、5分位の曲(8~10ページ位)だと、一曲に付き約5000個。 一曲だけならまだしも、フルリサイタル2時間分の曲を丸暗記するとなると、合計で10万個以上の音を脳内に詰め込まなくてはいけないことになります。

もちろん通常ピアノの曲を暗譜する時には、「耳(音で覚える)」「触感覚(手の筋肉に覚えこませる)」「視覚(楽譜を写真のように記憶する、もしくは手の動きを目で覚える)」「言語感覚=形式(和声やメロディラインのパターンなどを手がかりに覚える)」など、色々な方法を組み合わせて暗譜をするので、日本史のテストのように、本当に10万個の音を「丸暗記」する訳ではないのですが・・・。

ちなみに、視覚・聴覚・触覚・言語感覚、どの感覚に頼った覚え方が一番効果があるかは個人のタイプによって差があるそうです。(この辺りのことはアーティストコーチの青木理恵先生の著書「コーチング・ピアノレッスン」に詳しく説明されています)。 ちなみに私は完全に「言語感覚派」らしく、楽譜を分析して和声やフレーズに印をつけてそれを頼りに丸暗記していくタイプです。聴覚が弱いのか耳で何回聴いても覚えられません・・・。ちなみに「のだめカンタービレ」ののだめは典型的な聴覚派タイプですよね。

でも、どの方法で覚えるにしても、本当に「耳」や「手」が記憶しているわけではなく、実際は脳を通じて覚えている訳なので、結局は脳で記憶の生成を担当する海馬さんにお世話になっていることになります。


ということで話は「海馬」に戻ります。


「シンプルイズベスト」のモーツァルトなどとは対照的に、言いたいことを「これでもか」というほど全部詰め込んで奥深い感動を作り出すラフマニノフの曲は、聴いている分には良いのだけど、弾こうとすると何しろ音符数が多い! 一番複雑な部分だと、たった数小節を暗譜するのに1時間位かかることも・・。 まだまだ新たにレパートリーに加えたいラフマニノフの曲が沢山溜まっているのに、膨大な量の暗譜作業を目の前にすると立ちすくんでしまう・・。うーむ、どうすれば・・・。

そんな時に出会ったこの「海馬」の本。

暗譜に役立つことはないかなぁ・・・と超不純な動機で読み始めたのですが、そんな不純な期待にもしっかり応えてくれて(笑)、暗譜に役立ちそうなこと満載でした。もちろんそれ以外にも「へぇえええ!」と驚くようなことや、考えさせられることなどもぎっしり詰まっているのですが、とりあえず暗譜に直結しそうな情報を以下にピックアップしてみました。

1.脳は疲れない

暗譜作業が行き詰ってくると、何だか脳が疲れてきたように感じることがありますが、実際脳は寝ている間も働き続けるほど元気いっぱいで、死ぬまで疲れないんだそうです。 疲れていると感じているとしたら脳ではなく、目が疲れていたり、同じ姿勢を続けていたりすることからくる疲れだとの事です。 なので目を休めたり、体をストレッチしたりしてから再開すればOK。 「脳は疲れない」と思っているだけで、不可能そうな暗譜も頑張れそうな気がしてくるから不思議です。

2.脳を一番活躍させる状態は、生命に危機を感じる状態 (適温でない温度・空腹状態など)

ちょっとお腹が空いていたり、ちょっと寒すぎたりする方が、脳が生命の危機を察知して余計に働くんだそうです。そういえば小中学生の頃、妹あすかと、猛暑の真夏にあえてエアコンを一切つけずにサウナ状態の中汗をダラダラ流しながら練習するというのが2人の間で流行(??)して、「この方が何だか集中できる気がしてくるよね!」と訳の分からない同意をし、それぞれピアノ室にこもって、練習が終わった後に「こんなに汗かいたねーーー」とお互いねぎらう(?)という思いっきり体育会系な練習をしていた時期があったのですが、あれもある意味、生命に危機を感じる状況で脳を働かせるという意味では理に適っていたのかも・・・・。



3.脳は新しいことを処理する能力に長けている

この本によると、新しい刺激は海馬を活性化させるらしいです。 ここから先は単なる私の勝手な解釈と仮説でしかないのですが、手で何となく弾き慣れてしまって中途半端に暗譜した曲を後からしっかり暗譜しようとしても、何故かなかなか覚えられない。逆に、初めて譜面を見た時に、無理してでも譜読みと同時に一気に暗譜をした曲の方が、しっかり確実に脳に深く刻み込まれている気がします。しかも本番の時の記憶の再生率(暗譜の確実さ)も遥かにこの方がいい。 海馬は記憶の「はんこ」の型を作る場所で、押されたスタンプ(記憶)自体は別の場所(大脳皮質)に保存されていくらしいのですが、まだ中途半端に馴れっこになっていない真新しい曲を、譜読みの時点からしっかり暗譜した場合は、この「はんこの型」がもの凄く深く刻み込まれて、良い質の記憶が生成されている気がします。


4.やりはじめないと、やる気は出ない

脳の「側座核」という場所に「アセチルコリン」という神経伝達物質によってやる気を生み出す場所があるらしいのですが、この神経細胞はある程度刺激がこないとなかなか活動しないそうです。なので、やる気が無くてもとりあえず始めてみると、側座核が自己興奮してきて「やる気」が生み出されるらしいです。 「作業興奮」とも言われていて、作業しているうちに脳が興奮してきて作業に集中できる、という現象だそうです。 確かにピアノでも他のことでも思い当たること多々ある気がするので超納得! 「朝の目覚め」もそうかも。目が覚めてから起きようと思っても永久に起きられないし、とりあえず辛くても起きてみて何か始めてみるとだんだん脳が自己興奮してきて頭が徐々にスッキリしてくるし。



ということは、要約すると、暗譜を効率よくするには、

(1)空腹状態で
(2)40度の熱気か零下の寒さの中
(3)まだ弾いたことのない真新しい曲の「譜読みと暗譜の同時作業」を
(4)やる気がなくても取りあえずまず始めてみる。
(5)それでも脳は疲れない。

って何だかなんかの修行みたいだなこりゃ・・。
これで良い音楽ができるかどうかというのはまた別の問題ですね、きっと(笑)
by sayaka-blmusic | 2008-03-07 09:58 | ひとりごと
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